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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)7303号 判決 1965年10月08日

原告 高見沢重男

被告 株式会社三井興産

主文

被告は原告に対し金三七七、二九四円およびこれに対する昭和三九年八月一六日以降支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告、その余を被告の負担とする。

この判決は第一項にかぎり仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金六二八、〇七〇円およびこれに対する昭和三九年八月一六日以降支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

「一、昭和三九年六月一八日午前五時四五分頃、埼玉県鴻巣市字箕田四一三番地先道路上において、被告の従業員湯沢英樹が運転し被告の業務に従事中の被告所有日野貨物自動車(埼一せ-三二九九、以下「被告車」という。)と、原告の運転する原告所有のいすず貨物自動車(長一せ-五二六五、以下「原告車」という。)とが衝突した。

二、右湯沢は、道路の中央から左の部分を通行すべき自動車運転者としての業務上の注意義務(道路交通法一七条三項)を怠り、被告車の車体の右側一米位を道路の右側にはみ出したまま進行し、しかもおりから反対方向を進行中の原告が被告車を発見し、衝突の危険を予測して減速し、さらに道路の左側に約三〇糎の間隔をおいて停車したにもかかわらず、いぜん道路の左側に戻ることもせず、時速約三〇粁のまま漫然と進行した過失により、前記事故を生ぜしめたものである。

三、右事故により原告は次の損害を受けた。

(一)  治療費 金一、七五〇円

前記衝突により原告は右第五肋骨骨折、後頭部挫傷による加療一〇日間の傷害を負つた。

(二)  原告車の修理費 金二八八、四四〇円

原告車はフロントフエンダー、運転台等に損傷を受けた。

(三)  木材積載用木枠修理費 金四五、〇〇〇円

(四)  休業による損害 金二七〇、〇〇〇円

原告は原告車により東京、長野間の木材運送を業としており、一回の運送により金一八、〇〇〇円、一カ月最低三六〇、〇〇〇円の収入を得ているが、ガソリン代その他の必要経費を控除した純益は一カ月最低二七〇、〇〇〇円であつた。しかるに前記衝突により車輛修理完成まで三〇日間休業せざるをえなかつたので、その間の得べかりし利益の損失。

(五)  被告との交渉に要した費用 金二二、八八〇円

本件事故後、原告は再三損害金を要求したが被告は全く誠意なく、原告を威圧するような態度に終始し、要求に応じないのでやむなく本訴を提起したが、これまでの間に被告との交渉のため上京したときの宿泊費および交通費。

四、よつて原告は被告に対し、右合計金六二八、〇七〇円とこれに対する本訴状送達の翌日である昭和三九年八月一六日以降支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」

被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として「請求原因一の事実は認めるが、二および三の事実は不知、ただし原告が負傷したことは認める。」と述べた。

証拠<省略>

理由

一、原告主張の日時・場所において原告所有の原告車と被告所有の被告車が衝突したこと、当時被告車は被告の被用者湯沢英樹が運転し被告の事業を執行中のものであつたことは当事者間に争がない。

二、証人中村威雄の証言と原告本人尋問の結果によると、本件事故現場は見通しのよい幅員約六米の直線道路であるが、当時先行車二台の後方を東京方面に向け進行中の湯沢英樹は、被告車の車体を道路の右側部分に約六〇ないし七〇糎はみ出したまま現場附近にさしかかつたこと、他方原告車を運転して反対方向から進行して来た原告は被告車の右のような状況を約五〇ないし七〇米手前で発見し、危険を感じて道路の左端に停車したが、被告車はそのまま進行し、その荷台を原告車の荷台附近に衝突させるに至つたことが認められる。そして他に特段の事情が何もうかがわれない以上、本件事故は、道路の左側部分を通行せず、しかも前方の注視を怠り、適切な避譲の措置をとらなかつた湯沢運転手の過失に基因すると認むべきである。

三、(1)  成立に争のない甲第一、二、四号証、原告本人尋問により成立を認める甲第六号証の一ないし四ならびに原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故のため負傷し(この点は当事者間に争がない)、その治療費として金一、七五〇円を支払つたほか、破損した原告車の修理費として金二八八、四四〇円、破損して使用不能となつた木材積載用運搬台の調達費として金四五、〇〇〇円をそれぞれ支出したことが認められる。

(2)  原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨によると、原告は原告車による長野、東京間の木材運搬を業として一カ月少なくとも五〇、〇〇〇円の収入を得ている者であるが、必要経費を控除した純益はその五割の二五、〇〇〇円を下らないこと、原告は、原告車の修理に要した一カ月間は休業せざるをえなくなり、少なくとも右金額の得べかりし利益を失なつたことが認められる。右認定をうわまわる平均収益があつた旨の原告本人の供述は採用できない。

(3)  成立に争のない甲第五号証の一ないし三、原告本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を綜合すると、本件事故につき被告は最初から原告に何の見舞もせず、賠償の意思も示さなかつたこと、そこで原告は被告に対し約七〇〇、〇〇〇円の損害賠償を裁判外で請求したが、被告側では具体的な金額も提示せずほとんど誠意を示さなかつたためやむなく本訴を提起したものであること、その間原告は本件事故による負傷をおして交渉のため鉄道で二度上京し(二度目は被告の指定した日)、交渉が難航して翌日に持越したりしたため東京に三泊しなければならなかつたが、原告は無学な自分ひとりではうまく交渉できないと考え、最初は訴外佐藤某と原告の弟を、二度目は右佐藤だけを同行したこと、このため原告は東京宿泊費計一四、八四〇円を支出したことが認められ、これに要した交通費少なくとも五、〇〇〇円を原告が負担したことは公知の鉄道料金と弁論の全趣旨によつて明らかである(これをうわまわる交通費については証拠がない)。

ところで、この種の裁判外の交渉ないし示談の交渉は交通事故に関する紛争の解決策としてむしろ通常の現象なのであるから、これに要した費用は、それが事件の性質経過にてらし相当な範囲内のものであるかぎり、事故による損害としてその賠償を請求できると解すべきである。前記認定の事実に徴すると本件事故に関する交渉は郵便による請求等では到底らちがあかなかつたものと考えられるから、原告が直接交渉のため長野から上京する必要があつたというベきであるし、当時事故による負傷から未だ癒えず、知識・能力にも自信のない原告が信頼する人物に同行してもらつたことも、また交渉が長びいて上京が二度になり、その間三泊したことも前記事情のもとではやむをえなかつたと認められる。従つてこれに要した交通費・宿泊費は結局原告が本件事故のため支出をよぎなくされた損害とみるべきである。もつとも、本判決が認容する賠償額は原告が裁判外で請求した額の約五割にすぎないから、もし被告が当初から責任を認めて賠償の実意を示し、ただ金額の面で折合いがつかなかつたというのであれば、交渉費用の全部または一部は原告自ら負担すべきものであるが、本件では右のような事情は何もうかがわれない。ただし、第一回上京時における二名もの同行者の必要は認められないから、うち一名分の費用金二、七三六円を前記諸経費から控除した残額金一七、一〇四円について、原告は被告に賠償を求め得ると解すべきである。

四、以上の事実によれば、被告は本件事故による損害の賠償として、原告に対し三(1) ないし(3) の合計金三七七、二九四円およびこれに対する損害発生後である昭和三九年八月一六日以降支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。原告の請求は右の限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 楠本安雄)

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